なんかテキストを発掘したので作ってみた


瑞佳ワールド注意書き

 まず、豪快にネタバレなので、見たくない人は見ないように。
 文章は基本的に丸写しなので、誤字脱字その他もろもろがあってもそのまま書いている。
 解説については異論反論あるかもしれないが、俺なりの解釈ということで理解していただきたい。
 ちなみに、この文章は澪を攻略する際に発生したものをベースとしているので(確証はないがそうだったと思う)、日付は微妙に変わることがある。ただし、出現順序は変わらないはず。


オープニング

とても幸せだった…
それが日常であることをぼくは、ときどき忘れてしまうほどだった。
そして、ふと感謝する。
ありがとう、と。
こんな幸せな日常に。
水たまりを駆けぬけ、その跳ねた泥がズボンのすそに付くことだって、それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっとぼくは水たまりで跳ね回っていられると思ってた。
幸せのかけらを集めていられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。
永遠なんて、なかったんだ。
知らなかった。
そんな、悲しいことをぼくは知らなかった。
知らなかったんだ…。
「えいえんはあるよ」
彼女は言った。
「ここにあるよ」
確かに、彼女はそう言った。
永遠のある場所。
…そこにいま、ぼくは立っていた。

 解説
 オープニングはONEの持つ世界観の説明ともいえる。
 平凡な日常こそが幸せ、ということだろう。
 そしてその平凡な日常が壊れ始めてきた、ということも示唆している。


12/1
夢の中

 どこまでもつづく海を見たことがある。
 どうしてあれは、あんなにも心に触れてくるのだろう。
 そのまっただ中に放り出された自分を想像してみる。
 手をのばそうとも掴めるものはない。
 あがこうとも、触れるものはない。
 四肢をのばしても、何にも届かない。
 水平線しかない、世界。
 そう、そこは確かにもうひとつの世界だった。
 そしてその世界には、向かえる場所もなく、訪れる時間もない。
 でもそれは絶望ではなかった。
 あれこそが永遠を知った、最初の瞬間だった。
 大海原に投げ出されたとき、ぼくは永遠を感じる。
 だからぼくは、小さな浜辺から見える、遠くの水平線に思いを馳せたものだった。
 虚無…。
 意志を閉ざして、永遠に大海原に浮かぶぼくは、虚無のそんざいだった。
 あって、ない。
 でもそこへ、いつしかぼくは旅だっていたのだ。

 解説
 永遠の世界は「あって、ない」虚無なものだということ。


12/4
下校中

 静かな街角。
 ゆったりとした時間の流れの中で、ふとその場に取り残されそうな錯覚。
 もう一度歩き出す。
 風景が流れる。
 そして、真っ赤に染まる信号の前で立ち止まる。
 浩平「………」
 信号待ちをする最中、ふと空を見上げる。
 そして、オレは不思議な概視感にとらわれた。
 それは、涙が出てしまうような琴線に触れるものだった。
 どこまでも続くようなこの空の果てに、もうひとつの自分の居場所を感じる。
 そこで自分は、二度と帰ってはこれない、この場所を思うのだ。
 浩平「………」
 信号が青になったことも気づかず、オレはその空を眺めていた。
 ………。

寝る前

 この日は、何もするきが起こらなかった。
 ベッドに身体を預けて、ゆっくりと部屋が薄暗くなる光景を蛍光灯もつけずにただ眺めていた。
 …やがて、知らない間に眠りに落ちていた。

夢の中

 夕日に赤く染まる世界。
 静止した世界。
 べつに光景が止まっているわけじゃない。
 光は動いているし、バイクの加速してゆくエンジン音だって聞こえる。
 静止していたのは、それを見ている自分の世界だった。
 真夜中、誰もが寝静まった中、遠くに犬の遠吠えや、バイクのエンジン音を聴くのに似ている。
 そういうとき、ぼくは属する世界が違うという違和感を覚えるものだった。
 聞こえるのだけど、そこにはたどり着けない。
 永遠、たどり着けない。
 どれだけ歩いていっても、あの赤く染まった世界にはたどり着けないのだ。
 それがわかっていた。
 そこには暖かな人々の生活がある。
 でもそこにたどり着けないのだ。ぼくは。
 ころころ…。
 微かな音がした。
 それは確かにこちら側の音だ。
 (あそこには帰れないんだろうか、ぼくは)
 訊いてみた。
 (わかってるんだね、あそこから来たってことが)
 (ああ、わかる。でも、ほんとうにあの街のどこかに住んでいたわけじゃない)
 (そう。すごいね)
 (つまり、あっち側の一部だったってことがわかるんだ)
 (でもね、旅立ったんだよ、遠い昔に)
 (そうだね。そんな気がするよ)
 (でも遠い昔はさっきなんだよ)
 (それも、そんな気がしてた)
 (つまり、言いたいこと…わかる?)
 (わかるよ。よくわかる)
 ずっと、動いている世界を止まっている世界から見ていた。
 一分一秒がこれほど長く感じられることなんてなかった。
 もどかしいくらいに、空は赤いままだったし、耳から入ってくる音は、変わり映えしなかった。
 違うな…。変わるはずがないんだ。
 進んでいるようで、進んでいない。メビウスの輪だ。
 あるいは回転木馬。リフレインを続ける世界。
 (世界はここまでなんだね…)
 ぼくは彼女に言った。
 (飽きたら、次の場所へ旅立てばいいんだよ)
 (……そうだね)
 ヘッドライトがヘッドライトを追ってゆく。
 何度も見ている一定の距離感を置いて。
 (いや…もう少しここにいるよ)
 (そう?そうだね…)
 ぼくは体を慣らすように、その光景に身を浸していた。
 急ぐ旅でもない。
 ずっと、眺めていた。

 解説
 下校中、不意に違和感に捕らわれる浩平。これが永遠の世界が自分を侵し始める予兆ということになる。
 夢の中は永遠の世界のイメージを説明している。


12/9
下校中

 横断歩道の前に立つと、何気なく空を見上げていた。
 ………。
 どうしてだろう…よくわからない。
 ずっと続いている違和感。
 ふと感じるのは、客観的なイメージとして、今の自分がここに存在しているということだ。
 どこか…つまり、あの空の向こうとも比喩すべき場所にいる自分が、オレの存在をずっと見守っているような気がする。
 こんがらがってきたな…。
 何よりもそれらはイメージだ。
 この空か…。
 空に、同じ空はない。
 繰り返し様変わり、時間の長さを感じさせる。
 それが、こんな奇妙な感慨を彷彿とさせるのだろうか…?
 なによりも、ひとりだと言うのがいけないんだろうな。
 誰かと居れば、もっと騒いでいられるのに。
 ………。

 解説
 現実世界での自分の存在があいまいになってきている様を描写している。


12/10
夢の中

 また…悲しい風景だ。
 (どうしてぼくは、こんなにも、もの悲しい風景を旅してゆくのだろう)
 (あたしにはキレイにみえるだけだけど…でも、それが悲しく見えるのなら、やっぱり悲しい風景なんだろうね)
 (ひとが存在しない場所だ)
 (そうだね)
 (ひとが存在しない場所にどうしてぼくは存在しようとするのだろう。もっと、ひとの賑わう町中や、暖かい家の中に存在すればいいのに)
 (さあ…よくわかんないけど。でも、あなたの中の風景ってことは確かなんだよ)
 (つまりそれは…ぼくの心を風景に置きかえてみたときの姿なんだろうか)
 (だったら、少し悲しすぎる…?)
 (わからない)
 (でも、こんな世界だからこそ、ぼくは求めたんだろうけどね)
 帰れない場所。
 もう、そこからはどこにもいけない場所。
 すべてを断ち切った、孤立した場所にぼくは、ずっと居続けていたいんだ。
 そして、そんななにもない、どこにも繋がらない場所で、ぼくはぼくを好きでいてくれるひとだけの存在を、もっと切実に大切に思うのだ。
 きみと一緒にいられること。
 それはこの世界との引き替えの試練のようであり、また、それこそがこの世界が存在する理由なのだと思う。
 (次はどこにいこうか)
 (大丈夫。あたしはどこだってついていくよ。ずっとね)
 (そうだね)
 (このままずっと、いけばいいんだね)
 (そう。ずっと)
 どこまでもいけばいい。ぼくの心の中の深みに。

 解説
 帰れない場所。もう、そこからはどこにもいけない場所。すべてを断ち切った、孤立した場所にぼくは、ずっと居続けていたいんだ。
 そして、そんななにもない、どこにも繋がらない場所で、ぼくはぼくを好きでいてくれるひとだけの存在を、もっと切実に大切に思うのだ。きみと一緒にいられること。
 それはこの世界との引き替えの試練のようであり、また、それこそがこの世界が存在する理由なのだと思う。
 という、部分が永遠の世界をかなり具体的に説明している。


12/14
夢の中

 (ねぇ、たとえば草むらの上に転がって、風を感じるなんてことは、もうできないのかな)
 (ううん、そんなことはないと思うよ)
 (そうしてみたいんだ。大きな雲を真下から眺めてさ)
 (だったらすればいいんだよ。これはあなたの旅なんだから、好きなことをすればいいんだよ)
 (でも、どうしたらいいんだろう。ぼくはいつも見える世界の外側だ)
 (まだ、難しいのかな。あたしは感じられるよ。草の匂いを帯びた風が)
 (やり方を教えてくれよ)
 (うーん……じゃあ、手伝うよ)
 彼女が僕の背中に回って、そして両腕で僕の体を抱く。
 (いい?)
 (あ、うん…)
 (雲が見えるよね…)
 すぐ耳の後ろで声。
 (見えるよ)
 (ゆっくりと動いているよね)
 (そうだね。動いている)
 (あれは、何に押されて動いているのかな)
 (風)
 (そう、風だね…)
 (風は、雲を運んで…ずっと遠くまで運んでゆくんだよ…)
 (…世界の果てまでね)
 (………)
 草の匂いが、鼻の奥を刺した。
 それは風に運ばれてきた匂いだ。
 (きたよ…風…)
 (そう、よかった)
 (でも、もう少し手伝っていてほしいな)
 (うん、わかったよ)
 もう少し、抱かれていたかった。
 世界の果てまで届くという風を感じながら。

 解説
 永遠の世界では自分が想像しなければ何もないということを示唆している。


12/18
夢の中

 (空だけの世界…)
 (この下には、何があるんだろうね)
 (なんにもないよ)
 (そうかな。あたしは、広大に広がる野に、放し飼いの羊がたくさんいると思うよ)
 (いや、ずっと空だけが続いてるんだと思う)
 (どうして…?羊を放し飼いにしておこうよ)
 (大地がないから、羊はみんならっかしてゆくよ)
 (だったら、大地を作ろうよ。新緑の芽生えたばっかりの大地)
 (いらないよ。海でいい)
 (羊は、みんな海に落下してゆくの…?)
 (そう。ぼちゃぼちゃと海に落ちる。一面水平線の海。そこでぷかぷかと浮かんで余生を送るんだ)
 (でもその羊たちは、みんなあなたなんだよねぇ?)
 (そう。僕だよ。無力な羊はぜんぶ僕だ…)
 (…というよりも、今の僕が、海に浮かぶ羊なんだと思う)
 海に浮かぶ羊。それは唐突にしっくりくる、たとえだという気がした。
 (でも、夢の中ではみんな、空を飛ぶんだよ)
 (羊が空を飛ぶのかい)
 (飛んでもいいと思うけどな)
 (それはたぶん滑稽だよ。似合わない…)
 (…羊たちは、自分の立場をわきまえた上で、海を選ぶんだ)
 (それも自分の比喩…?)
 (………)
 (…少し言い過ぎたかな)
 (ううん、気にしてないけど…)
 つまり僕は、自分の立場をわきまえてこの世界を選んだのだと。
 それはこの世界を蔑んでいることになる。
 彼女を含むこの世界を。
 …気づいているだろうか?
 この僕の猜疑心に。
 (でも羊たちは、とても泳ぎがうまいんだ)
 (ほんとに…?)
 (じゃぶじゃぶと波を掻き分けてゆくよ。たぶんね)
 (だったらいいよね。空が飛べなくても)
 でもたどり着ける島なんて、ないんだ。
 ないんだよ。

 解説
 辿り着ける場所のない海で無力に浮かぶことしか出来ない。それが永遠の世界であると考えられる。
 「みずか」がいる以外は何もない、本当に何もない世界。


12/22
夢の中

 たとえば泣きたいときがある。
 どこへ向かって泣けばいいのだろう。
 なにを思って泣けばいいのだろう。
 虚無からは幸せは生まれない。
 そんな気がしていた。
 放り出された海に浮かび、ぼくはなにを泣き叫ぶのだろう。
 そんなことをする気にすらならない。
 それが幸せなのだろうか…。
 空虚は、ぽっかりと胸に空いた穴。
 もう失うこともない。
 それが完全な形なのだろうか。
 なにも失わない世界にいるぼくはなにをこんなにも恐れているのだろう。
 選択肢のない袋小路だった。
 つまりそれは、終わりだ。
 それを自分でも気づかないうちに心のどこかで悟っていたから、こんなにも空虚だったんだ。
 空虚だったんだ。

 解説
 何もない空虚な世界。そんな世界の中ではなにもする気力も起きない。
 また、何も失うものもない。それでもまだ何かを恐れている。
 永遠の世界、それはかけがえのない幸せの欠片すらもない世界である。


1/6
この日付は澪の場合で、繭なら1/4、瑞佳なら1/8となる(らしい)
夢の中

 帰り道…
 (ん…?)
 帰り道を見ている気がするよ。
 (そう…?)
 うん。遠く出かけたんだ、その日は。
 (うん)
 日も暮れて、空を見上げると、それは違う空なんだ。いつもとは。
 違う方向に進む人生に続いているんだ、その空は。
 その日に、遠出してしまったために、帰りたい場所には帰れなくなってしまう。
 ぼくは海を越えて、知らない街で暮らすことになるんだ。
 そしていつしか大きくなって、思う。
 幼い日々を送った、自分の生まれた街があったことを。
 それはとても悲しいことなんだ。
 ほんとうの温もりはそこにあるはずだったんだからね。
 (………)
 (…それは今のあなたのことなのかな)
 そんなふうに聞こえた…?
 (うん…)
 ぼくはね、最後まで頑張ったんだ。
(………)
 あのとき、頑張って、自分の街に居続けることを願った。
 それは別にこの世界を否定しようとしたんじゃない。
 この世界の存在を受け止めたうえで、あの場所に居残れるんじゃないかと、思っていたんだ。
 でもダメだった。
 (そんなことわざわざ言って欲しくないよ…)
 ただね、もっとあのとき頑張っていれば、ほんとうに自分をあの場所に繋ぎ止められたのか、それが知りたかったんだ。
 (どうして?)
 べつに、可能性があったとして、それはここに来ないで済んでいたのか、という話しじゃない。
 ただ、もしほんとうにできるんだったら、ぼくの人との絆っていうものがそれだけのものだったのかと、悔しいだけなんだ。
 どう思う?
 (たぶん…無理だったと思うよ)
 (この世界はあなたの中で始まっていたんだから)
 やっぱりそうか…。
 (うん…)
 でも、それが無理でも、この世界を終わらせることはできたかもしれない。
 (………)
 いや、できる、かもしれない。
 (この世界は終わらないよ)
 (だって、すでに終わっているんだから)

 解説
 現実世界で深い絆があれば現実に居続けることが出来るのではないか、と考える浩平に対して「みずか」はそれは不可能だという。
 また、永遠の世界を終わらせることは出来ない、とも言う。
 が、実際とは異なる(永遠の世界から現実世界に戻ることは可能)ことから、これは「みずか」の願望が込められた上での発言であると推測される。


2/8
この日付は澪の場合。他のケースだといつになるのかは不明

詳しい状況は不明だが、浩平の回想と思われる

 また、ぼくはこんな場所にいる…。
 悲しい場所だ…。
 ちがう
 もうぼくは知ってるんだ。
 だから悲しいんだ。
 (悲しい…?)
 今さら、キャラメルのおまけなんか、いらなかったんだ。
 (たくさんあそべるのに?)
 うん。
 いらなかったんだ、そんなもの。
 (どうして?)
 おとなになるってことは、そういうことなんだよ。
 (わからないよ)
 わからないさ。
 だってずっと子供のままだったんだから…

 ………。
 ……。
 …。
 うあーーーん…
 うあーーーーーーーんっ!
 泣き声が聞こえる。
 誰のだ…?
 ぼくじゃない…。
 そう、いつものとおり、みさおの奴だ。
「うあーーーーん、おかあさーーんっ!」
「どうしたの、みさお」
 「お兄ちゃんが、蹴ったぁーーっ!」
 「浩平、あんた、またっ」
 「ちがうよ、遊んでただけだよ。真空飛び膝蹴りごっこして遊んでたんだ」
 「そんなのごっこ、なんて言わないのっ! あんた前は、水平チョップごっことか言って、泣かしたばっかじゃないのっ」
 「ごっこだよ。本当の真空飛び膝蹴りや水平チョップなんて真似できないくらい切れ味がいいんだよ?」
 「ばかな理屈こねてないで、謝りなさい、みさおに」
 「うあーーんっ!」
 「うー…みさおぉ…ごめんな」
 「ぐすっ…うん、わかった…」
 「よし、いい子だな、みさおは」
 「浩平、あんたが言わないのっ!」
 じっさいみさおが泣きやむのが早いのは、べつに性分からじゃないと思う。
 ぼくが、ほんとうのところ、みさおにとってはいい兄であり続けていたからだ。
 そう思いたい。
 母子家庭であったから、みさおはずっと父さんの存在を知らなかった。
 ぼくだって、まるで影絵のようにしか覚えていない。
 動いてはいるのだけど、顔なんてまるではんぜんとしない。
 そんなだったから、みさおには、男としての愛情(自分でいっておいて、照れてしまうけど)を、与えてやりたいとつねづね思っていた。

 父親参観日というものがある。
 それは父親が、じぶんの子供が授業を受ける様を、どれ、どんなものなのかとのぞきに来る日のことだ。
 ぼくだって、もちろん父親に来てもらったことなんてない。
 でもまわりの連中を見ていると、なんだかこそばゆいながらも、うれしそうな顔をしてたりする。
 どんな頭がうすくても、それは来てくれたらうれしいものらしかった。
 しかしそのうれしさというものは、ぼくにとっては、えいえんの謎ということになる。
 きっと、たぶん、二度と父親なんて存在はもてないからだ。
 振り返ったとしても、そこには知った顔はなく、ただ誰かから見られているという実感だけがわく、ちょっと居心地の悪い授業でしかない。
 ぼくの父親参観とは、そんな感じでくり返されてゆくのだ。
 でもみさおには、男としての愛情を与えてやりたいとつねづね思っているぼくにしてみれば、ぼくと同じような、『ちょっと居心地の悪い授業でした』という感想で終わらしてやりたくなかった。
 だから、一大作戦をぼくは企てたのだ。
 「みさお、ぼくがでてやるよ」
 「お兄ちゃんって、あいかわらずバカだよね」
 「バカとは、なんだ、このやろーっ!」
 「イタイ、イタイよぉーっ、お兄ちゃんっ!」
 アイアンクローごっこで少し遊んでやる。最近のお気に入りだ。
 「はぅぅっ…だって、お兄ちゃん、大人じゃないもん」
 「そんなものは変装すればだいじょうぶだ」
 「背がひくすぎるよ」
 「空き缶を足の下にしこむ」
 「そんな漫画みたいにうまくいかないよぉ、ばれるよぉ」
 「だいじょうぶ。うまくやってみせるよ」
 「ほんとぉ?」
 「ああ。だから、次の父親参観日は楽しみにしてろよ」
 「うんっ」
 初めはバカにしていたみさおだったが、最後は笑顔だった。
 みさおの笑顔は、好きだったから、うれしかった。
 そして来月の父親参観日が、ぼくにとっても待ち遠しいものになった。

 みさおが病気になったのは、そろそろ変装道具をそろえなきゃな、と思い始めた頃だった。
 ちょっと直すのに時間がかかるらしく、病院のベッドでみさおは過ごすことになった。

 「バカだな、おまえ。こんなときに病気になって」
 「そうだね…」
 「おまえ、いつも腹出して寝てるからだぞ。気づいたときは直してやってるけど、毎日はさすがに直してやれないよ」
 「うん、でも、お腹に落書きするのはやめてよ。まえも身体検査のとき笑われたよ」
 ぼくはいつも、油性マジックでみさおのお腹に落書きをしてから布団をなおしてやるので、みさおのお腹はいつでも、笑ったり、泣いたり、怒ったりしていた。
 「だったら、寝相をよくしろ」
 「うん。そうだね」
 みさおの邪魔そうな前髪を掻き上げてやりながら、窓の外に目をやると、自然の多く残る待ちの風景が見渡せた。
 そして、秋が終わろうとしていた。

 「みさおー」
 「あ、お兄ちゃん。どうしたの、こんな時間に」
 「みさお、退屈してると思ってな」
 「ううん、だいじょうぶだよ。本、いっぱいあるから、よんでるよ」
 「本? こんな字ばっかのが、おもしろいわけないだろ。やせ我慢をするな」
 「ぜんぜんがまんなんかしてないよ。ほんと、おもしろいんだよ」
 「というわけでだな、これをやろう」
 ぼくは隠しもっていた、おもちゃをみさおに突きつけた。
 「なにこれ」
 「カメレオンだ」
 「見たらわかるけど…」
 プラスチックでできたおもちゃで、お腹の部分にローラーがついていて、それが開いた口から飛び出た舌と連動している。
 「みろ、平らなところにつけて、こうやって押してやると、舌がぺろぺろ出たり入ったりする」
 「わぁ、おもしろいね。でも、平らなところがないよ」
 「なにっ?」
 言われたから気づいた。
 確かにベッドで過ごしているみさおからすれば、平らな机などは、手の届かない遠い場所だ。
 「あ、でも大丈夫だよ。こうやって手のひらを使えば…」
 ころころ。
 「お、みさお、頭いいな。でも少し爽快感がないけどな」
 「そんな舌が素早くぺろぺろ動いたって、そうかいじゃないよ。これぐらいがちょうどいいんだよ」
 ころころ。
 「そうだな」
 「お兄ちゃん、ありがとね」
 「まったく、こんなくだらない本ばっかよんで暮らすおまえが、見るにたえなかったからな。よかったよ」
 「うん。これで、退屈しないですむよ」
 しかし話しにきいていたのとは違って、みさおの病院生活は、いつまでも続いていた。
 一度、大きな手術があって、後から知ったのだけど、その時みさおのお腹は、みさおのお腹でなくなったらしい。
 そして、そのころから母さんは病院よりも、ちがう場所に入りびたるようになっていた。
 どこかはよくしらない。
 ときたま現れると、ぼくたちが理解できないようなわけのわからないことを言って、満足したように帰ってゆく。
 『せっぽう』とか言っていた。どんな漢字を書くかはしらない。

 「わ、病室まちがえたっ!」
 (※ ここで力尽きて中略となっている)

 (みさおが死んでから)
 うあーーーん…
 うあーーーーーーーんっ!
 泣き声が聞こえる。
 誰のだ…?
 ぼくじゃない…。
 そう、いつものとおり、みさおの奴だ。
 「うあーーーーん、うあーーーんっ!」
 「うー…ごめんな、みさお」
 「うぐっ…うん、わかった…」
 よしよし、と頭を撫でる。
 「いい子だな、みさおは」
 「うんっ」
 ぼくは、そんな幸せだったときにずっといたい。
 それだけだ…。

 あの日から、ぼくは泣くことが多くなった。
 泣いていない隙間を見つけては、生活をしているようだった。
 ぼくはみさおと過ごした町を離れ、叔母さんのところへとあずけられていた。
 4月の陽光に映え、緑がきれいな町だった。
 でも、それでも、ぼくの涙は乾くことはなかった。
 どれだけ涙というものは流し続けられるのだろう。不思議だった。
 「泣いてるの…?」
 そしてその町で、最初に泣いているぼくをみつけたのがその女の子だった。
 晴れた日、曇りの日、小雨がぱらつく日…。
 泣くぼくの隣には、彼女がいた。
 「いつになったら、あそべるのかな」
 毎日のように泣き伏すぼくを見つけては、話しかけてくる。
 ぼくは口を開いたことがなかった。開いたとしても、嗚咽を漏らしただけだ。
 もう空っぽの存在。亡骸だった。
 それにもかかわらず、彼女はそこに居続けた。
 いったい、その子が何を待っているのか、ぼくにはわからなかった。
 「きみは何を待っているの」
 初めて、ぼくは話しかけた。
 「キミが泣きやむの。いっしょにあそびたいから」
 「ぼくは泣きやまない。ずっと泣き続けて、生きるんだ」
 「どうして…?」
 「悲しいことがあったんだ…」
 「…ずっと続くと思っていたんだ。楽しい日々が」
 「でも、永遠なんてなかったんだ」
 そんな思いが、言葉で伝わるとは思わなかった。
 でも、彼女は言った。
 「永遠はあるよ」
 そしてぼくの両頬は、その女の子の手の中にあった。
 「ずっと、わたしがいっしょに居てあげるよ、これからは」
 言って、ちょんとぼくの口に、その女の子は口をあてた。
 永遠の盟約。
 永遠の盟約だ。

 今さら、キャラメルのおまけなんか、いらなかったんだ。
 いらなかったんだ、そんなもの。
 (どうして?)
 おとなになるってことは、そういうことなんだよ。
 (わからないよ)
 わからないさ。
 だってずっと子供のままだったんだから…
 キミは…。 <攻略対象が瑞佳の場合:みずかは。>
 (………)
 長い時間が経ったんだ。
 いろいろな人と出会って、いろいろな日々に生きたんだ。
 ぼくはあれから強くなったし、泣いてばかりじゃなくなった。
 消えていなくなるまでの4ヶ月の間、それに抗うようにして、ぼくはいろんな出会いをした。
 乙女を夢見ては、失敗ばかりの女の子。
 光を失っても笑顔を失わなかった先輩。
 ただ一途に何かを待ち続けているクラスメイト。
 言葉なんか喋れなくても精一杯気持ちを伝える後輩。
 そして、そこでも、ずっとそばにいてくれたキミ。<攻略対象が瑞佳の場合のみ>
 駆け抜けるような4ヶ月だった。
 そしてぼくは、幸せだったんだ。
 (滅びに向かって進んでいるのに…?)
 いや、だからこそなんだよ。
 それを、知っていたからぼくはこんなにも悲しいんだよ。
 滅びに向かうからこそ、すべてはかえがえのない瞬間だってことを。

 こんな永遠なんて、もういらなかった。
 だからこそ、あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
 …オレは。

 解説
 浩平の過去が明らかとなり、同時に永遠の世界がなぜ生まれたのかが明らかとなる。
 浩平の家族は母子家庭で(澪を対象とすると浩平が小学生の時に死んでしまったこともわかる)、「みさお」という仲のいい(浩平が一方的にいじめていたようだが)妹がいる。
 浩平はみさおに父親のいない寂しさを味わわせないように自分が父親参観に出ることを画策するが、父親参観を前にみさおは病に伏してしまう。
 みさおの症状はかなり重く、内臓移植もしていた。そしてこのころから、浩平の母親は宗教にのめり込むようになってしまう。
 一向に回復の兆しを見せないみさおを見て、浩平は病室で父親参観をしようとみさおに提案する。
 そして2人だけの父親参観をしているさなか、今まで一度も「苦しい」と言わなかったみさおがついに苦しみだす。
 みさおはそのまま死んでしまい、浩平は深い悲しみに包まれる。

 その後、浩平は叔母さんの元に引き取られるのだが平凡で幸せだった日々が続くことを望む浩平は毎日泣いてばかりの生活をくり返していた。
 そんなときに出会ったのが「みずか」だった。
 「みずか」は浩平と遊びたいから泣きやむのを待っていると言うが、深い悲しみに包まれた浩平は自分がこれからも泣き続けるだろう、永遠に続く幸せな日々はないんだ、と話す。
 自分の思いが伝わるわけがない、と思っていた浩平に「みずか」はこう言った。
 「永遠はあるよ」
 そして浩平と「みずか」は口づけを交わし、ずっと一緒にいるという永遠の盟約もまた交わされた。

 時は流れて現在。
 あれほど深い悲しみに包まれていた浩平もすっかり立ち直り、平凡で楽しい毎日を過ごしていた。
 そして浩平は気づいていた。
 かけがえのない平凡な、しかし幸せな日々はいつか崩れ去ることを。だが、だからこそその瞬間がかけがえのないものだということも。
 もう、永遠なんていらない。しかし、子供のままの「みずか」にはそれがわからないため、「みずか」は浩平を永遠の世界へ連れ込もうとする。
 浩平が永遠の世界に行かないためには、現実世界で深い絆が必要である。だから浩平はその絆をいま求めているのである。

 ここで現実に戻る。
 浩平が絆を求めている対象は当然攻略対象であり、この後はそういう会話がなされる。
 そしてその絆が得られるかどうかはこの後の選択次第ということになる。


日付不明
攻略対象が瑞佳、繭の場合発生する。逆に対象が澪、茜だと発生しない。あと2人は不明
瑞佳との会話

 浩平「小さなときに、お菓子の国のお姫様になりたいと強く思っていた女の子がいたんだ」
 瑞佳「あ、わたしがそう。そんなこと思ってたよ」
 浩平「時が経って、ほんとうにお菓子の国は、その子の強い願望によって生まれていたんだ」
 浩平「すると、どうなると思う」
 瑞佳「女の子は選ぶんだろうね。その国に移り住むのか、あるいはここに残るのか」
 浩平「王子様がいるんだ、その国には」
 浩平「盟約を交わしていたんだよ。一緒に暮らすっていう」
 浩平「条件が変わった。すると、どうなると思う」
 瑞佳「うーん…そうなると、その国に強制的に連れていかれるんじゃないかな」
 浩平「するとオレは…いや、女の子は、この世界ではどうなると思う」
 瑞佳「いなくなるんだよ」

 解説
 永遠の世界と現実がどういう風に繋がっているのかを凝縮して、かつ比喩的に説明した会話。
 女の子=浩平
 お菓子の国=永遠の世界(=みさおがいた頃の幸せだった日々)
 王子様=「みずか」